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練習記:20101130

15:30-17:00 御殿下(筋トレ)

ベンチプレス→フライ→ラットプルダウン→スクワット→ヒップアブダクション→レッグカール→トレッドミル

左手の傷が悪化しないよう、筋トレだけ。明日にはまた練習できるはず。
下半身を重点的に。ジャグリングには必要なさそうに見えるかもしれないけれど、ハイアップやナンバーズでは脚をしっかり参加させねばいけないし、スローを失敗したときのとっさの修正には素早いステップが欠かせない。
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練習記:20101129

13:30-14:30 第一体育館

ボールとリング。
7ボールの安定感を高めるために、フォームの見直し。できるだけ体に近い位置でキャッチしたいけれど、そうするとスローが窮屈になる。いままではスローの自由さを優先してきて、それでだんだん限界を感じてきたので、多少窮屈になってもキャッチを優先する型に変えていきたい。それがフォームのストリクトさにつながって、かえってスローも楽になれば一石二鳥。そうなることを期待したい。
リングでまた少し手を切ってしまった。たぶん夏ならほとんど問題ないのだろうけれど、いまは乾燥しているからどうしても皮膚が弱くなってしまう。乾燥すると道具が滑りやすくもなるし、ハンドクリームが欠かせない。

練習記:20101128

14:30-16:30 御殿下

ボールは7ハーフシャワー、(8x,6)(6,8x)、966あたりを中心に練習。最近はこういった負荷の高いパターンはあまりやっていなかったので、思うように腕が動かなかった。ただ、筋力自体はいくらかは増しているはずなので、体を慣らしていけば以前よりも余裕をもって投げられるはず。
ボール以外は、クラブはもう基本スローはある程度形になっているのだけれど、リングの角度をそろえるのが案外難しくて相変わらず苦戦中。

雑記:20101127_Enrico Rastelli

 エンリコ・ラステッリは元祖スーパージャグラーで、バランスなども含めて総合的に評価すると現在でも右に出るジャグラーはいないのではないかというくらいの偉大な人物なのですが、案外知られていないようなので、卒論の気晴らしもかねてWikipediaの文章を訳してみました。
 元ページはこちら。ただし、英語版のほうが情報量が多くまた正確なようなので、英語のできるかたはそちらをご覧になったほうがよいと思います。死因が血友病というのはちょっと考えにくい気がするのですが、あまり時間もないので他のページや文献にはあたりませんでした。
 名前の表記は、通常は「ラステリ」とされているようですが、「ラステッリ」のほうが原音に近いはずなのでこのようにしました。
 動画は、たとえばこちら
 間違いなどありましたらお知らせください。

以下和訳して引用

 エンリコ・ラステッリ(1896-1931)はイタリアのジャグラーであった。

 ラステッリはロシアのサマラに、サーカス一家のもとに生まれた。両親はともにサーカス芸人であって、若きエンリコはサーカスのさまざまな種目の厳しい訓練を受け、家族の「仕事」に携わることを決意するのに長くを要しなかった。13歳の時には家族の一員としてステージデビューを果たし、19の時にはすでにソロでジャグリングのパフォーマンスを披露していた。初期のショーではバトンやボールの日本風の技芸を披露し、ステージの衣装としてキモノを用いた。
 日常のものを操るのが普通であった当時のジャグラーとは異なり、ラステッリは、バトンや皿やボールといった、取ったり投げたりするのにより適した道具に集中する道を選んだ。こうして、彼は同時代のジャグラーよりはるかに高いレベルへと到達することができた。さらに、これら3種のシンプルな道具の選択は、クラブ、リング、ボールを用いる大半の現代のジャグラーによって、いまだに採用されている。
 1917年にラステッリは綱渡り師のハリエットと結婚した。20年代のはじめには、ヨーロッパとアメリカを巡るツアーを経て、衣装を替え、さまざまのバランス芸をも披露し、スターの座へ上り詰めた。20年代の終わりごろには、サーカスを離れてヴォードヴィルの劇場へと移り、スタイルをさらに変化させ、同時に5つのサッカーボールを操った。興行によって稼いだ財産で、妻と3人の子供とともに、ベルガモに居をかまえた。
 血友病をわずらい、ラステッリは1931年にベルガモに引き返し、12月13日に死んだ。彼の葬儀はベルガモで執り行われ、数千の人々が参列した。家族の墓地に埋葬され、そこには等身大の、指の上でボールのバランスを取るラステッリの像が建てられている。
 ラステッリはすべての時代を含めても最大のジャグラーの一人であると見なされている。彼は、8枚の皿、8枚のバトン、10個のボールでジャグリングができた。さらにスタイルの「コンビネーション」の達人でもあった。たとえば、片脚でリングを回し、助手二人に回させた縄を跳びながら、6枚の皿でジャグリングできた。ジャグラーの大部分がクラブ、リング、ボールのみを使用しているように、彼の影響は今日にも残っている。たとえ彼の技術的能力が今日において乗り越えられたとしても、ラステッリが獲得した名声を超える者はまだない。


Enrico Rastelli (Nov. 27, 2010). In Wikipedia, l'enciclopedia libera. http://it.wikipedia.org/wiki/Enrico_Rastelli

練習記:20101127

14:00-15:30 御殿下

昨夜ひさしぶりにディーツやラステッリの動画を見て、最近の練習が受身に回りすぎていたことを痛感した。この二年くらいのあいだは「できることがある」レベルの技を「できる」レベルにまで引き上げることに意を注いできて、それはもちろん大切なことではあるけれど、やはり成功したことのない技や挑戦すらしたことのない技をとにかく成功させるための、多少無茶な練習もしなければ、もっと上には行けないと思う。
そういうわけで、ボールは以前のように7ボールを練習の中心に据えることにした。5と6は、ボディスローとピルエット以外は極力控えたい。

15:30-16:30 御殿下(筋トレ)

デッドリフト→クランチ→シュラッグ→体幹サイドベント

練習記:20101126

12:00-13:00 第一体育館

ボールとリング。
第一体育館ではふだんはシリックスだけれど、今日はMMX2を投げてみた。やっぱり暗いところでは位置が正確に把握できない。7くらいの高さでも、全然問題ない軌道のボールが衝突するように見えてしまったり、落下のタイミングを見誤ってしまったり。コンタクトをつければたぶん大丈夫なのだろうけれど、コンタクトは去年のMJFのときにずれて悲惨なことになったので、できれば使いたくない。シリックスのインプロージョンならどこでも問題ないみたいだけれど、マルチや7個のスタートと回収がしんどい。裸眼視力上がらないかなぁ。
リングは少しずつ前進はしているのだけれど、屋外だと風が邪魔で、第一体育館だと天井が低いから、思うように練習ができない。マラバリの練習ではリングをメインにしていきたい。まあどうせ来年の話ですが…

練習記:20101125

14:30-15:30 御殿下

クラブを中心に練習。4クラブのサイトスワップくらいは軽々できるようになりたいのだけれど、まだ3回転以上をすんなりと投げることができない。ピルエットとかを練習するとよさそうな気がしてきたので、次回やってみようと思う。
ボールの練習は最近またマンネリ化してきたので、いくつか新しい動きを導入したい。バッククロス軌道を含んだサイトスワップとか、2段階ピルエットとか。…しんどいなぁ。

15:30-16:30 御殿下(筋トレ)

ベンチプレス→ラットプルダウン→アームカール→スクワット→ライイングエクステンション

火曜のメニューを。今日の分は土曜に回す。
プロフィール

mascaret

Author:mascaret
福岡出身・東京&千葉&フランス経由、千葉在住のジャグラーです。

*経歴
JJF2014にて
 エンデュランス
  5ボールカスケード1位
  6ボールファウンテン1位
  7ボールカスケード1位
JJF2012にて
 チャンピオンシップ決勝進出(2年連続)
 エンデュランス
  5ボールカスケード1位
  6ボールファウンテン1位
  7ボールカスケード1位

*使用道具
ボール:RF Beanbag M (Rad Factor), Elite 8 M (Gballz) etc.
クラブ:PX3 SIRIUS TRAINING (Play)
リング:Absolute Circus Ring (Absolute Circus), Wind Stream Ring (Mr. Babache), SATURN (Play)

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